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PROFILE

BIOGRAPHY

1994年
メジャーデビュー
1991年、早稲田大学のアカペラ・サークル《Street Corner Symphony》にて結成。
当時のメンバーは、村上・黒沢を含む6人であった。 結成当初より「オリジナル曲で勝負したい」と思っていた彼らは、コツコツとオリジナル曲を作る傍ら、積極的にライヴハウスやストリートでゲリラ・ライヴを展開。「最初は誰も(立ち止まって)聴いてくれなかった」が、ライヴを重ねるにつれ、徐々に観客も増えていった。
こんな彼らのことが、当時、同じ早稲田大学に在籍していたRhymesterの紹介から、ヴォーカルグループを探していたファイル・レコードの社長の知るところとなり、1994年8月15日、ミニアルバム『Down To Street』をリリースするに至る。
この時、彼らを見出したファイル・レコードの社長・佐藤善雄氏は、1970年代~1980年代にかけ、日本の音楽シーンに数々のヒット曲を送り込んだグループ、ラッツ&スターでベース・ボーカルを担当していたその人であった。
メンバー・チェンジを経て、酒井・北山・安岡が加わり現メンバーに。
同年12月21日、シングル「Promise」でキューンレコードよりメジャーデビューを果たした。デビュー当時、メンバー5人全員が大学生であった。
1995年
1stアルバムリリース
メジャーデビュー以降も、ストリートでのゲリラ・ライヴを勢力的に展開していった5人。その歌声に足を止める人々の人垣はどんどん大きくなり、時には他の通行人が道筋を変えなければならない状態に。
「なるべく人に迷惑をかけないように…」という思いから、ストリート・ライヴの場所を他の広い道に移したり、歌の合間のMCで注意を促すなど、彼らなりの努力が続いた。現在、3本のレギュラー番組を抱えるほどになった彼らの話術は「ストリート・ライヴで鍛えられた」と言う。
こうしたライヴ活動と並行して、1995年7月にはセカンドシングル「U'll Be Mine」をリリース。同年10月21日にはファースト・フルアルバム『The Gospellers』を発売した。2001年に大ヒットした「Promise」や、初期~中期の名曲「Winter Cheers!/Higher」などが収録された名盤である。
1996年
全国ツアー…4回
日本の最南端に、桜前線が描かれた頃と時を同じくしてスタートしたゴスペラーズの1996年。
3月1日、4枚目のシングル「Two-way Street」をリリース。 このシングルのジャケット写真撮影は、休日の渋谷センター街で行われた。撮影中の指示は、トランシーバーでやりとりされ、メンバーの1人がそのトランシーバーを持ち、直接指示を受けていた。
同年4月6日~4月13日、[やる気坂、その気坂、女坂、男坂]と題して、渋谷クアトロ2DAYSを含む初の東名阪ツアーを敢行。7月1日には、5枚目のシングル「カレンダー」を発売。7月28日~8月2日にかけ、今は無き新宿パワーステーション2DAYSを含む2度目の東名阪ツアー[夏の陣]を行った。
同年9月1日、セカンドアルバム『二枚目』をリリース。このそのものズバリのタイトルには、2枚目のアルバムという意味の他、「オレたちだって、歌を歌っている時は“二枚目”になれるんだ!そうならなきゃいけない!!」という、当時のメンバー全員の望み(?)が込められていた。リリース直後の9月6日、この年3度目の全国ツアー[残暑にお見舞い]をスタート。10月2日まで続く、初の全国7大都市ツアーだった。
そして木枯らしが吹き始めた晩秋。11月1日、この年3枚目にして通算6枚目のシングル「待ちきれない」を発売。
師も走る12月25日~12月30日には、初のアカペラライヴ[アカペラ貴族]を全国4箇所5公演行った。
1997年
もっとビートを
1997年の年明けとともに、楽曲制作、その後すぐレコーディングに入ったゴスペラーズの5人。6月21日に、夏の到来を告げるようなアッパー・チューン「ウルフ」を7枚目のシングルとしてリリース。7月21日、3枚目のアルバム『MO' BEAT』を発売した。“もっとビートを!”という意味のタイトルには、メンバーの「ヴォーカルグループ=バラードという一般的なイメージを取り払いたい。バラードだけじゃなく、アップの曲だってできることを見せたい」という、当時のゴスペラーズにおけるテーマ=メンバー全員の強い意志が反映されていた。
同年8月16日~30日には、初の渋谷公会堂でのライヴを含む全国7大都市ツアー[坂道発進]を敢行。バンド然としたサウンドをバックに、ハーモニーを聴かせるという、前述したメンバーの意志が全面に押し出されたステージとなった。
12月1日、8枚目のシングル「終わらない世界/vol.」をリリース。「終わらない世界」は、ビート感溢れるアップテンポな1曲。このグループのチャレンジ精神が表れた作品である。
同年12月3日~12月25日、前年に引き続きアカペラツアー[アカペラっぽいの好き]。全国7箇所全11公演を行う全国ツアーであった。デビューして3年。今と変わらぬ怒涛のスケジュールだった。
1998年
初の渋谷公会堂
ゴスペラーズの1998年は、初の映像作品のリリースから幕を上げる。2月21日、前年8月30日に渋谷公会堂で行われたライヴの模様を収めたライヴビデオ『さかあがり。』を発売。
同年4月22日には、これぞモータウン!というベースラインが小粋なポップチューン「夕焼けシャッフル」をリリース。3月中旬。原宿や渋谷のストリートを使い、ロードムービー風に撮影されたこのシングルのPV。撮影当日、大学の卒業式に出席してから撮影に合流したメンバーもいた。
6月14日から[ちょっとヨロシク]と題したツアーをスタート。京都、神戸、函館、帯広、旭川、新潟という、普段ツアーやプロモーションではなかなか行けない都市を回るツアーであった。ツアー中の6月20日、シングル「BOO~おなかが空くほど笑ってみたい~」を発売。ゴスペラーズにとって、10枚目のシングルとなるこの曲は、作詞に阿久悠氏、作曲に筒美京平氏という、日本の音楽史を代表する2人の作家が手がけたものである。
8月21日、4枚目のフルアルバム『Vol.4』をリリース。同年9月11日には、全国ツアー[衣・食・住]がスタート。10月12日までかけ、全国14箇所で15公演を行った。12月12日、シングル「あたらしい世界」を発売。「去年リリースした「終わらない世界」があって、約1年後に今回の「あたらしい世界」がある。そう思って聴いてもらうと、ボクらのやりたいことが、わかってもらえると思います」これは、当時シングルのためにインタビューをした際に、とあるメンバーが言っていた言葉である。
1999年
デビュー5周年
正月気分も抜けきらない1月15日から、冬の恒例となっているアカペラライヴ[アカペラ人]がスタート。新宿シアターアプル8公演と、苗場プリンスホテル・ブリザーディウム1公演の計9公演を行った。このライヴが終わると、すぐさま楽曲制作へ突入。
1999年3月14日、1995年~1998年のPVを収録したビデオクリップ集『THE GOSPELLERS CLIPS 1995-1998』を発売。6月19日には、11枚目のシングル「熱帯夜」をリリースした。
デビューから5年目を迎えていたこの年。ライヴ動員数やアルバムのセールス枚数などは、回を重ねる毎に着実にその数字を伸ばしていたが、シングルヒットには恵まれていなかったゴスペラーズ。「もう、好きなことやろう、と。自分達が普段聴いているような、カッコイイと思うような向こうのR&Bがあるじゃないですか。やっぱそういう曲歌いたいし。シングルっぽいとかそうじゃないとか考えないで、とことん好きなことをやろう、と。売れなくてもいいじゃん、それで売れなくても本望だ、みたいな。(笑)で、できた曲が「熱帯夜」だったんですよ」ある意味、開き直って作った曲は、それまでキープしていた爽やか路線を根本から覆すような、メロディよりトラック先行の、男臭くてホットなミディアムチューンであった。しかしながらこの曲は、ゴスペラーズ初となる快挙を成し遂げる。初めてチャート50位以内にランクインされたのである。
同年7月23日、5枚目のオリジナルアルバム『FIVE KEYS』を発売。8月26日から10月17日まで、全国ツアー[FIVE KEYS]を敢行。12月1日には、シングル「パスワード」をリリース。12月18日~12月28日にかけ、デビュー5周年を記念する全国ツアー[G5]を行う。このツアーのチケットは、瞬時で売り切れ、東京では赤坂BLITZ・1DAYとZepp Tokyo・2DAYSを超満員にした。微風ではあったが、風が吹き始めている。ゴスペラーズを知る誰もが、そう感じずにはいられない1999年の年末であった。
2000年
44週連続チャートイン
前年同様、アカペラ・ライヴからスタートした彼らの2000年。[アカペラ門]と銘打たれたこの年のアカペラ・ライヴ。1月19日~2月6日にかけ、新宿シアターアプル10公演、苗場プリンスホテル・ブリザーディウム2公演、計12公演を行った。
ツアーが終わると、新曲制作へ。春まだ浅い時期の曲作り合宿、日本と米国アトランタでのレコーディングを経て、彼らにとってターニング・ポイントとなるシングル「永遠(とわ)に」を8月23日にリリース。この曲は、数ヶ月かけてヒットチャートをじわじわと上昇し続け、晩秋の風を感じる頃には、日本全国で毎日流れるようになった。目立ったテレビ出演もなかった中での大ヒットだった。結局この曲は、44週間に渡りチャート100位内にランクインするというロングセールスを記録。年が明けてもなお、チャート上位にランクインし続けるという、20世紀と21世紀をまたにかけた大ヒットシングルとなり、チャート最高位14位を獲得した。
このロングセールスの真っ只中。2000年10月12日には、6枚目のアルバム『Soul Serenade』発売。
当時、海外で流行していたスロウジャム(多様なリズムを駆使し、グルーヴを重視したバラードorミディアムチューン)をテーマに制作された今作。バックトラックの無機質で少しクールな音質と、5人のハーモニーが奏でるあたたかな趣きが絶妙のバランスで成り立つ、じっくり長く聴ける1枚となった。
発売日と日を同じくして、全国ツアー[ゴスペラーズ坂ツアー 2000]がスタート。2ヶ月間かけ、全国21箇所で24公演を行った。シングル「永遠(とわ)に」が大ヒット中だった12月6日、続くシングル「告白」をリリース。
デビューから7年目を迎えようとしていた年末。ゴスペラーズの5人は、徐々に強くなる追い風に慌てることなく、その風をしっかりと背中で受け止めていた。日本音楽シーンのど真ん中という、何が起こるかわからない大海原に漕ぎ出すために…。
2001年
初のチャート1位
春一番を告げる強風とともに大ブレイクの瞬間がやってくる。
2001年3月7日、シングル「ひとり」をリリース。5人の声以外の音はまったく入っていないというこのバラード曲は、チャート3位に踊り出る大ヒットを記録。アカペラの曲がチャート3位内にランクインするのは、日本音楽史上、初めてのことであった。
リリース直後の3月17日には、恒例のアカペラ・ライヴ[アカペラ街]がスタート。4月8日までかけ、苗場プリンスホテル・ブリザーディウム2公演、新宿シアターアプル12公演の計14公演を行った。
同年6月6日。これまでリリースした楽曲の中から、ラブソングの名曲をセレクトしたコレクション・アルバム『Love Notes』を発売。 ベスト盤とも呼べそうな内容であったこのアルバムは、初期の代表曲は新たにレコーディングし直すなど、現在の自分たちのスタイルをしっかりと提示する作品となった。このアルバムがゴスペラーズとして初のチャート1位を獲得。180万枚を超えるビックセールスを記録し、この年の日本レコード大賞ベストアルバム日本ゴールドディスク大賞を受賞した。
8月1日には、通算17枚目となるシングル「約束の季節」と、1999年~2001年までのPVを集めたビデオクリップ集『THE GOSPELLERS CLIPS 1999-2001』を同時発売。8月17日からは、全国ツアー[凱旋門]がスタート。名古屋公演が台風のために延期になるなどハプニングもあったが、全国8箇所全11公演が無事に終了。9月9日には、初めて日本武道館で単独ライヴを行った。11月14日、シングル「誓い」をリリース。同年年末、《NHK 紅白歌合戦》に初出場を果たし、大ヒットシングル「ひとり」を披露した。
彼らにとって、初めてのことばかりだったこの年。それは、確実に状況が変わってきているという証拠でもあった。誰から見ても好転した状況。彼らにとっても、ある時期、切望していた状況になりつつあったはずである。日本国中にバラード=ゴスペラーズが浸透した2001年。しかしながら、メンバーはそこだけに留まろうとはしなかった。現状に満足しようとはしなかったのである。
2002年
充実の1年
ゴスペラーズの2002年は、シングルとアルバムの同時発売からスタートする。2月20日、シングル「Get me on」とアルバム『FRENZY』をリリース。発売1ヵ月後の3月17日から、全国ツアー[ゴスペラーズ坂ツアー2002“GT”]がスタート。
このツアーは、約3ヶ月半に渡り50公演を行う大規模な全国ツアーとなった。このツアーの最終公演、日比谷野外大音楽堂2DAYSでのライヴには、デビューするきっかけの立役者でもあるRhymestarがゲストで登場。「ポーカーフェイス」でセッションし、立ち見までぎっしりの観客を大いに沸かせた。このツアーの中盤、4月10日には、シングル「エスコート」を発売。この曲は、この年日韓同時開催されたFIFAワールドカップの応援ソングとなった。
夏の始まりと同時に長いツアーを終えたゴスペラーズ。束の間のオフの後、曲作りのための合宿に突入。「今回のレコーディングは、メンバーだけで黙々と作業しているから、煮詰まりもこれまでの比じゃなかった」というストイックなレコーディングを経て完成したのが、全曲アカペラのアルバム『アカペラ』であった。
同年11月13日、シングル「星屑の街」を先行シングルとしてリリース。フジテレビ系全国ネットで放送された連続ドラマ《天才柳沢教授の生活》のエンディングテーマとなり、チャート初登場3位を獲得する大ヒットとなった。
12月4日、アルバム『アカペラ』をリリース。人間の声を駆使したサウンドと、全員がリードヴォーカルをとれるというグループとしてのプライドが詰った、ミニマムでシンプルながら、グループの鼓動や息吹が聴こえてくるような1枚となった。
年末、12月31日には2年連続2度目の《NHK 紅白歌合戦》への出場を果たし、リリースされて間もない最新シングル「星屑の街」を披露した。約2ヵ月半に渡る50公演の全国ツアーを行い、3枚のシングルと2枚のアルバムをリリースした2002年。メンバー、スタッフ、ファンの誰もが、これまでの活動のすべてが、しっかりと結実したことを実感できる充実した1年であった。
2003年
ゲリラ・ライヴ決行!
ゴスペラーズの2003年は、全国8ヵ所で32公演を行なったアカペラ・ライヴ[アカペラ港]からスタートした。
ひとつの街で複数公演を敢行するというスタイルは、リーダー村上曰く「ずっと前からやりたかったこと」(※フィーチャリング参照)であった。同ツアーの模様を収録したDVD&ビデオ「アカペラ港」を7月2日にリリース。続く7月16日に、シングル「Right on,Babe」を発売。同曲のPVは、ゴスペラーズ初の空撮ものであった。リリース直後から、積極的に夏のイベント(全国6ヵ所)に参加。
マリンメッセ福岡で行なわれたイベントでは、メンバー自身がリスペクトするアーティストである小田和正氏やスターダストレビューと共演。遅れてやって来た夏の暑さの残っていた10月。アカペラ曲であるシングル「新大阪」をリリース。
このタイトルにちなんだ大阪で、12月6日、5人はゲリラ・ライヴを行なった。ゴスペラーズにとって久しぶりのストリートライヴに約3000人の観客が集まった。同曲のカップリングである「Golden Age~黄金世代~」は、「第82回全国高校サッカー選手権大会」のテーマソングに。12月30日に行なわれた同大会の開会式では、寒空の中、同テーマ曲を熱唱。12月31日には≪第54回NHK紅白歌合戦≫に、3年連続3回目の出場を果たした。
この日、顔や手にラインストーンをつけてステージに登場した5人。そのキラキラと輝く光は、長い時間の中で、じっくりと丹念に磨きあげられてきた5人の結晶のように見えた。それは、これまでの道のりを歩んできた5人の軌跡を表しているようであった。アカペラ・ライヴ[アカペラ港]で始まり、アカペラ曲「新大阪」で幕を閉じた2003年。ゴスペラーズの歌声に、聴き手が真正面から向き合うことのできた1年だったように思う。
2004年
全47都道府県ツアー!!
昨年末からのレコーディング作業からスタートしたゴスペラーズの2004年。レコーディングが佳境を迎える中、2004年1月28日には、シングル「街角-on the corner-」がリリースされた。ミディアム・バラードとなったこのシングルは、一昨年にリリースされた大ヒットシングル「星屑の街」以降の“5人が歌い紡ぐ”というスタイルのひとつの集大成であり、次のアルバムにつながる1曲となった。
同年2月13日、14日には、毎年恒例となっている苗場プリンスホテルでのライヴ[ゴスペラーズライヴ2004 in Naeba]を開催。ニューアルバムリリース直前ということもあり、その収録曲から新曲を数曲披露した。
同年3月10日には、オリジナルとしては9枚目となるアルバム『Dressed up to the Nines』をリリース。約1ヶ月後の同年4月16日からは、5人にとって初の全47都道府県ツアー[ゴスペラーズ坂ツアー2004“号泣”]をスタートさせた。半年弱という時間をかけ、全都道府県で59公演を行ったこの大規模なロングツアーのチケットは、発売日と同時に全公演ソールドアウト。この事実に、とあるメンバーはツアーの最終公演で「衝撃だった」とMCし、会場中から爆笑の拍手をもらった。
長かった夏もやっと終わり、各地にようやく涼しい風が吹き始めた頃、テレビから彼らの新曲が流れ始める。[トヨタ“アイシス”]のCMソングに起用され、リリース前から大量にOAされた、ゴスペラーズ25枚目のシングル「ミモザ」。
10月27日に発売されたこのシングルは、チャート初登場3位を記録した。同年11月17日、ファンからのリクエストで選ばれた2枚組のベストアルバム『G10』をリリース。
同年12月21日にデビュー10周年を迎える、日本を代表すヴォーカル・グループ、ゴスペラーズ。2005年には、2月下旬から10周年を記念した全国ツアー[ゴスペラーズ坂ツアー2005“G10”]スタートさせる。
2005年
デビュー10周年!!
2004年12月21日にデビュー10周年を迎えたゴスペラーズ。2005年の彼らの活動は2月下旬から本格的に始まった。
北は稚内、南は沖縄まで。さらに日本武道館などのアリーナ公演も含む、全国26ヵ所31公演を行なった「ゴスペラーズ坂ツアー2005“G10”」がスタート。このツアーではゴスペラーズのライヴの軸である、アカペラスタイルとバンドスタイルを織り交ぜたステージを展開。10年間の集大成ともいえるライヴを見せた。
同ツアー終了後はデビュー以来、初めてとなる長期の個人活動期間に突入。村上、酒井は鈴木雅之氏が出演する夏のイベントにゲスト出演。北山はユニットを組んで作品を生み出し、安岡は他のアーティストに歌詩を提供するなど、メンバーそれぞれがやりたいことを実践する期間となった。
肌に感じる風にも冷たさを感じ始めた秋口。10月12日、黒沢薫がアルバムからの先行シングル「遠い約束」を、19日には“自分自身が聴きたい音を作った”というアルバム『Love Anthem』を発表。さらに東名阪などでソロ・ライヴツアーも行なった。
秋晴れが広がった11月4日。亜細亜大学での学園祭ライヴでグループとしての活動を再開。実に4年ぶりの学園祭ライヴであった。続いて全国8ヶ所を回る「ゴスペラーズコンサート2005」がスタート。このツアーではゴスペラーズがデビュー当時から目指している、小さな街でもライヴをしたいという想いが紡がれ、滅多に訪れない街まで足をのばした。
12月31日には≪第56回NHK紅白歌合戦≫に、5年連続5回目の出場を果たし“スキウタ”リクエストで上位にラインクインした「ひとり」を披露した。
2006年
10枚目のオリジナルアルバム発売

約半年間の充電を経て、昨年末から音楽製作活動に集中していたゴスペラーズ。2006年、恒例の苗場公演とともに彼らはファンの前に姿を見せた。この年4公演に拡大され、2月18日、19日、21日、22日に渡って行なわれた苗場公演「ゴスペラーズコンサート 2006 in Naeba」。この時、初めて披露された新曲の中には、その後、シングルとしてリリースされ、ファンから絶大な支持を受けることになるアッパー・チューンもあった。それが「一筋の軌跡」。ゴスペラーズとしての本格的な活動再開を告げるにふさわしい、ポジティヴィティーあふれるブライト・チューンは、同年5月24日、両A面シングル「一筋の軌跡/風をつかまえて」として発売された。前作から約1年7ヶ月ぶりのシングルだった。

季節は初夏から夏へ。SOUL POWERを筆頭に、数々の夏のイベントに出演した彼ら。その中で、この年の夏唯一の単独ライヴとなったのが「Gos Mobile Presents~Gos Mobile's 3rd Anniversary Live~」。8月8日、渋谷AXで行なわれたこのライヴは、携帯サイト「ゴスモバイル」内のみで告知し、サイトの有料会員のみが申し込みできるという、携帯アーティストサイト初の試みのもとチケットを販売した。1日2公演、約2600枚のチケットはもちろん完売。ライヴの内容も、携帯サイト「ゴスモバイル」に特化したもので、これまでのメンバーの連載をダイジェスト映像で紹介するなど、手作り感あふれるライヴとなった。

各地でのライヴとともにあっという間に過ぎたゴスペラーズの夏。長かった残暑が終わった頃、ニュー・シングル発売とアルバム完成の知らせが届いた。同年10月18日。2枚のシングルを同時にリリース。1枚はアカペラ・バラード「Platinum Kiss」。もう1枚が繊細なミディアム・チューン「陽のあたる坂道」である。このリリースから約1ヶ月後の11月22日、ゴスペラーズとしてはオリジナル10枚目にあたるアルバム『Be As One』をリリース。自分達がいいと思えるメロディ、いいと思える歌を選んで収録したという今作は、アカペラから変化球ファンク、ホットなアップ・チューンから壮大なバラードまでと、じつに表情豊かな作品となった。ファンだけではなく、このアルバムを手にしたほとんどの人が“聴いているだけでゴスペラーズのライヴが楽しみになる、聴いただけでライヴを思い出すことができる”という感想をもったのも、印象的なできごとだった。このアルバム発売からほぼ1ヶ月後の12月14日、府中の森芸術劇場(どりーむホール)から全国ツアーがスタート。「ゴスペラーズ坂ツアー'06~'07“セルゲイ”]と銘打たれたこのツアーは、2007年の6月まで続くロング・ツアーであり、約半年かけて全都道府県を回り64公演を行なうというグループ史上最大規模のツアーとなった。

2007年
47都道府県全64公演、達成!!

昨年末からスタートしていた全国都道府県ツアー「ゴスペラーズ坂ツアー'06~'07 “セルゲイ”」の京都公演から、ゴスペラーズの2007年はスタートした。約半年間かけて、全都道府県を回り、全64公演を行ったグループ史上最大規模のロングツアーは、冬から春、そして初夏と、季節の変遷とともに、日本列島を縦断する長い旅となった。

デビュー当初から、ライヴやツアーをひとつの柱として活動してきた彼ら。2度目の全都道府県ツアーとなった今ツアーでは、ライヴはもちろん、旅そのものも存分に楽しんでいた。城下町で散歩に出かけたり、早起きしてご当地カレーを食べたり、移動中に足を延ばし知る人ぞ知る観光スポットを訪れたりと、長い半年の中には、それぞれの旅の姿があった。既に夏の兆しを感じ始めた5月。ロングツアーも、終盤にさしかかっていたある日。ゴスペラーズは、初めての地に足跡を残す。長崎県五島列島。その中で最大の島、五島の中で南西端に位置する福江島。5月19日、彼らはその福江島にある福江文化会館でライヴを行った。

ライヴ前日から数日間、福江島に滞在したゴスペラーズ。街の商店街などで“明日ライヴ行きます、頑張って~”とか“昨日ライヴ行きました、最高でした!”と、島で声をかけられる場面も多く、島全体がゴスペラーズを歓迎し、ゴスペラーズ一色に染まった数日間だったように思う。そして約1ヶ月後。「ゴスペラーズ坂ツアー'06~'07“セルゲイ”」は。6月7日、大阪城ホールで幕を閉じた。
夏には開催2回目を迎えた「SOUL POWER TOKYO SUMMIT 2007」、「SOUL POWER なにわ SUMMIT 2007」に出演。鈴木雅之氏と黒沢薫のデュオ“エナメル・ブラザーズ”やTAKE(from Skoop On Somebody)と村上てつやのユニット“武田哲也”など、このイベントが産んだ新しい形のコラボレーションも登場した。

同年10月17日には、30枚目のシングル「It Still Matters~愛は眠らない / 言葉にすれば」をリリース。「It Still Matters~愛は眠らない」は、バックストリート・ボーイズのHowie D.とコラボレーションし、話題となった。さらに11月28日には、これまで各コンピレーションでしか聴くことのできなかった参加曲などを1枚にまとめたアルバム『The Gospellers Works』を発売。ワークス=仕事=ディスカッション中のサラリーマンというコンセプトから制作されたジャケットが印象的だった。ちなみにあのジャケットで舞い上がっている紙資料は、本物の紙を何度も放り投げたりして撮影したそう。ほとんど見えないが、資料に書かれた内容は、すべてゴスペラーズに関する内容だという。12月5日にデビューシングルから最新シングル「言葉にすれば」までのPVを収録したDVD『THE GOSPELLERS CLIPS 1995-2007 ~COMPLETE~』をリリース。特典映像として「ゴスペラーズ坂ツアー'06~'07 “セルゲイ”」から「侍ゴスペラーズ」「Lean on me(ノーカットver.)」「熱帯夜~狂詩曲」が収録されている。

2008年
映画初出演

ゴスペラーズの2008年は、恒例の苗場公演「ゴスペラーズコンサート2008 in Naeba」からスタートした。この年で開催10回目を迎えた本公演は、苗場シリーズ初の5DAYSとなった。この時の苗場ライヴでテーマとなっていたのが「青い鳥」。セットや小物に鳥かごを使ったり、最後は白い羽根を照明でブルーに染めて降らすなど、印象的な演出が散りばめられたライヴであった。このライヴが、そのまま作品の世界につながっているようなシングルを彼らはリリースする--「青い鳥」。
3月12日に発売された本作は、同年春に全国公開された映画「うた魂♪」の主題歌に起用された。合唱部に所属する女子高校生の主人公が、歌うことの本当の楽しさを見つけていくというストーリー。そのメインシーンとなる合唱コンクールで、主人公の所属する合唱部が歌うのが「青い鳥」であり、ゴスペラーズがストーリーをくんで書きおろした曲である。
ちなみに。この映画にゴスペラーズも出演。合唱コンクール北海道予選の審査員役として登場し「今年はレベルが高いですね」(BY村上てつや)という名台詞(?)を残した。また時を同じくした春。3月下旬には新しくなった赤坂BLITZを祝う“オープニングシリーズ”に登場。3月22日、23日の2日間、赤坂BLITZで、久々のスタンディング形式のライヴを行った。

同年の夏は、アップチューンとともにやってきた。前作「青い鳥」のリリースから約4ヶ月。早くも次のシングルが発売となる。タイトルは「ローレライ」。同年7月9日にリリースされたこのシングルは、収録曲3曲中、2曲がアップ・チューン、1曲がミディアム・アップと、夏全開の1枚となった。このシングルの発売を受けてスタートしたのが、夏の全国ツアー「ゴスペラーズ坂ツアー2008“ハモリ倶楽部”」である。同年7月20日からスタートし、約1ヶ月かけて全国10都市16公演を行った今ツアー。その東京公演、日本武道館のライヴで、とあるメンバーはMCでこんな言葉を綴った。
「通常は、アルバムリリースしてツアーだけど、今回はシングルでのツアー。……すごく幸せなことだと思います。これも集まってくれた皆さんのおかげです」

初秋。三度目の開催となった「SOUL POWER TOKYO SUMMIT 2008」、「SOUL POWER なにわ SUMMIT 2008」に出演。
同年11月12日には、33枚目のシングル「Sky High / セプテノーヴァ」をリリース。ダブルタイトルシングルとなった今作。音楽家ラフマニノフの不朽の名曲「ピアノ協奏曲第2番」のメロディをモチーフにした「Sky High」(アニメ「のだめカンタービレ 巴里編」オープニングテーマ)、常田真太郎(fromスキマスイッチ)とのコラボレーションによる「セプテノーヴァ」(トヨタプレゼンツ FIFAクラブワールドカップ2008公式テーマソング)と、これまでの歴史にはなかったアプローチを見せ、ゴスペラーズの歌い手としての実力と新しさを感じさせる1枚となった。その後、秋頃からスタートしていた次回作のレコーディングが本格化。'09年春に発売が予定されているニューアルバムのレコーディングが終了したのは、12月30日、深夜であった。

2009年
祝デビュー15周年。3度目の全都道府県制覇

2009年。デビュー15周年を迎えるアニバーサリー・イヤーとなったこの年。ゴスペラーズの1年は毎年恒例、苗場での苗場公演「ゴスペラーズコンサート2009 in Naeba」から始まった。本人達も何度も言葉にしているとおり、毎年、次なる展開への“チャレンジ”を見せる苗場公演。本年は久しぶりにソロ・コーナーが復活。またリリース以降、メドレーなどで片鱗に触れることはあったが、ライヴではあまり歌われていなかった「BOO~おなかが空くほど笑ってみたい~」などが披露された。
同年2月11日には、ソウルフルなアップチューン「1, 2, 3 for 5」を発売。1ヶ月後の3月11日には、約2年4ヶ月ぶりのオリジナルアルバム『Hurray!』をリリース。5人のコンポーザーのとしての個性が溢れる豊かな表情のバラエティに富む1枚となった。

同年4月17日には、川口総合文化センターリリア(大ホール)を皮切りに全国ツアー「ゴスペラーズ坂ツアー2009“15周年漂流記 春夏(はるなつ)”」がスタート。7月10日、11日の大阪厚生年金会館(大ホール)2DAYSの最終公演まで、全国で41公演を行った。『Hurray!』の楽曲を中心としながらも、多くの懐かしい曲を歌った今ツアーでは、メンバー全員が楽器を演奏しながら歌うという新たな一面を観せた。楽器演奏チャレンジの効果は、ツアー中の楽屋にも「いつも音が鳴っている。いい意味で昔を思い出した。メンバー同士が気を使いすぎずに、音を楽しむ、歌を楽しむっていうムード」という効果をもたらした。このツアーと並行してレコーディングも行っていたゴスペラーズ。それが8月19日に発売されたシングル「宇宙(そら)へ ~Reach for the sky~」である。

9月下旬には同年で開催4回目を向かえた“SOUL POWER 2009”の大阪公演と東京公演に出演。同年10月14日、本年3枚目となるシングル「ラヴ・ノーツ」をリリースした。カップリング曲の「ウイスキーが、お好きでしょ」は、同年2月からサントリー“角ハイボール”のCMソングとしてオンエアーされていたが、作品化のリクエストが多数寄せられ、シングルのカップリングとして収録されることに。また、CM曲のリリースとほぼ時期をも同じ頃、本人達もサントリー“角ハイボール”CMに登場。ゴスペラーズとして初のCM出演を果たした。

10月28日、Love Song Collection Album『Love Notes Ⅱ』を発売。11月2日からは本年2回目の全国ツアー「ゴスペラーズ坂ツアー2009“15周年漂流記 秋冬(あきふゆ)を岩手県民会館からスタートさせた。全国で22公演を行った今ツアーは、12月19日、20日の国立代々木第一体育館2DAYS、満員御礼の中でファイナルを迎えた。

春夏秋冬を通じて、3度目の全47都道府県を制覇したゴスペラーズ。デビュー記念日である12月21日。全国ツアー最終日の打ち上げ中、日付が変わった瞬間、大きなバースデーケーキが運び込まれ、メンバー含め、スタッフ全員で、アニバーサリー・イヤーを締めくくった。

2010年
ノンストップの16年目

前年、デビュー15周年のメモリアルイヤーを、国立代々木競技場第一体育館2DAYS満員御礼で締めくくったゴスペラーズ。彼らの2010年は、恒例の苗場公演「ゴスペラーズアコースティックライヴ 2010 in Naeba」からスタートした。同ライヴ中、5人それぞれのソロコーナーでは、各メンバーが、その個性を思う存分発揮。また、2002年に発売されたアルバム『アカペラ』収録曲「いろは」に、演奏を加えて、クールでハイスピードなジャズナンバーとして披露するなど、前年の“メンバーが楽器にチャレンジする事”以上に、ゴスペラーズの新たな展開を予感させる、アグレッシヴな内容となった。5人のハーモニーが心の底まで響き渡るバラード、ダンスしながらしっかり歌を聴かせるヴォーカルパワー全開のアップナンバーと、幾多あるゴスペラーズの王道スタイルに、新しいスタイルを加えようとしている、彼らの心意気がひしひしと感じられるライヴだったと思う。

2010年3月24日。前述した国立代々木競技場第一体育館のライヴの模様を収めたライヴDVD『ゴスペラーズ坂ツアー2009“15周年漂流記 秋冬(あきふゆ)”』をリリース(同年4月14日には、ブルーレイ版を発売)。4月下旬~6月中旬にかけ、沖縄、山中湖、北海道・岩見沢で行われた「Point Green! Music Festival 2010」に出演。各地でイベントのトリを務めるとともに、他出演アーティストとのセッションも中心となって積極的に行い、イベントを大いに盛り上げた。また5月16日には「楽天 世界遺産劇場-第13回 飛鳥・石舞台」に出演。国営飛鳥歴史公園石舞台という世界遺産を会場にした野外ステージで、その歌声を存分に披露。月夜の中でのアカペラは、幻想的なシチュエーションを彩り、深緑の中に木霊して満員の観客の琴線を震わせた。同年9月22日、37枚目のシングル「愛のシューティング・スター」をリリース。ゴスペラーズ流フィラデルフィア・ソウル・フレーバー満載&煌めきのアップ・チューンとなったこの曲の発売直後、本年5回目の開催を迎える“SOUL POWER SUMMIT 2010”に登場。ライヴ中のMCで、次の新曲「冬響」をネタに組み込むという、15年以上かけて培ってきたライヴ筋力があってこその荒技(?)も披露し、超満員の観客から大きな拍手を受けた。同年11月3日、38枚目のシングル「冬響」を発売。彼らのデビュー当時、90年代初頭に世界中に鳴り響いていた海外のヴォーカル・グループを彷彿させるバラード曲は、低音から高音まで、しっかりと響かせる事のできるゴスペラーズの真骨頂とも言える1曲となった。同年12月22日には、ミュージックビデオDVD『THE GOSPELLERS CLIPS 2008-2010』を発売。この作品の映像特典として、シングル「1, 2, 3 for 5」並びに「愛のシューティング・スター」の振付講座を収録し、話題になった。

同年11月17日から、さいたま市文化センターを皮切りに全国ツアー「ゴスペラーズ坂ツアー2010~2011“ハモリ倶楽部 響(HIBIKI)”」をスタート。約3ヶ月かけ、全国で37公演を行うこのツアーに関しての取材の際、メンバーは、こう口を揃えた。「(37公演のツアーは)短いとは思わないけど、長いとも思わない。できるなら、できるだけやりたいっていつも思ってるから」この言葉、ゴスペラーズが、まだまだ坂道を登り続ける事に、そしてまだまだ私達の目の前でいろんな歌を響かせてくれるという事を、宣言しているようなひとことではあるまいか。16年目のゴスペラーズは、次への予感を十分に私たちに届けてくれた。

2011年
40枚目のシングル発売

 前年11月17日のさいたま市文化センターを皮切りにスタートしていた「ゴスペラーズ坂ツアー2010~2011"ハモリ倶楽部 響(HIBIKI)"」。全国で37公演を回ったこのツアーの18本目、1月7日、名古屋国際会議場センチュリーホール公演で、ゴスペラーズの新年は幕を上げた。"ハモリ倶楽部 響(HIBIKI)"というバーを舞台に、そこを訪れたとある客人(バンドメンバーが活躍!)と、ゴスペラーズの5人(倶楽部の店長と店員達という設定)とのやりとりを、芝居仕立てで挟みながら展開した本ツアーのライヴ。"ハモリ"を人とのつながりやコミュニケーション方法としてとらえたその内容は、彼らがここ数年提唱してきた"ハモリ倶楽部"の新しい展開を予感させるものであった。また、このツアーで初日から、この年リリースが予定されていたニューアルバム収録曲を披露していったのも、特筆すべきことだろう。
 しかしながら、このツアー中、村上てつやがインフルエンザでダウン。1月下旬に予定されていた長崎公演、福岡公演が延期となった。また、ツアー中から次の作品に向けて、曲作り、レコーディングを開始。東京に戻ってはスタジオに入るという日々が続いた。

 その中で、3月11日に東日本大震災が起こる。1度延期され、3月14日、15日に予定されていた長崎・福岡公演。彼らはミーティングを重ね、この公演を再び延期する事を決断した。再振替公演が行われたのは、5月16日と17日。両日のライヴ中「待っててくれて本当にありがとう」と何度か言葉にしたゴスペラーズ。最終日の福岡公演が無事に終了した時には、楽屋にいつも以上に大きな拍手が鳴り響いた。  再振替公演を控えながらも、3月下旬から新作のレコーディングを続けた5人。5月18日には、39枚目のシングル「NEVER STOP」をリリース。アップテンポでドゥワップティストが印象的なアカペラ曲となった。続いて6月8日は、12枚目のオリジナルアルバム「ハモリズム」を発売。"ハモリ地図を描く"をテーマに制作された本作は、年代、ジャンル問わず、5人がハモリまくる1枚に。また、全員が同じテーマで作曲を手掛けた結果、5人の音楽的嗜好の個性と、ゴスペラーズの幅広い音楽性が感じられる作品となった。

 また、SOUL POWER ALLSTARS(ホストアーティスト鈴木雅之・ゴスペラーズ・Skoop On Somebodyを中心にBro.KONE・佐藤善雄・桑野信義・DANCE☆MANらが集結したアーティストグループ)としてチャリティーソング「WE GOT SOUL POWER」を配信限定でリリース。ダイナミックなアップチューンで、力強いメッセージソングとなった本作。作詩を安岡優、作曲をKO-ICHIRO(Skoop On Somebody)と村上てつやが手掛けた。同年7月に大阪と東京で行われた「SOUL POWER SUMMIT 2011」でも披露され、会場中でサビの大合唱となった。  夏には、ゴスペラーズとして精力的に各地のイベントに参加。その中で、黒沢薫はソロライヴを敢行。ウクレレ+ソウル=ソウレレというスタイルを初お披露目した。  季節はめぐり秋。既に発表になっていた「ゴスペラーズ坂ツアー2011~2012"ハモリズム"」がスタートする直前の9月28日。彼らにとって40枚目のシングル「BRIDGE」がリリースとなる。東日本大震災の被災地復興への願いを込めた期間限定生産シングルとなった本作は、5人が歌い紡ぐミディアム・チューン。作詞もゴスペラーズとクレジットされ、それぞれの想いがぎっしり詰まった1曲となった。このシングル取材の際に、作曲を手掛けた村上てつやは、こんな言葉を残している。 「みんなで歌い継ぐって事が、この曲は大切だろうなと思っていたんです。で、この曲でいくって決まった時"まさに橋をつないで灯のリレーをするんだ"っていう歌詞の意味も含めて、じゃあやっぱり、歌詞も1人ずつ、全員で書こうってなったんですよね」

 そして9月30日。 オリンパスホール八王子(新八王子市民会館)を皮切りに「ゴスペラーズ坂ツアー2011~2012"ハモリズム"」がスタート。約4か月をかけ、全国で49公演を行うツアーが幕を上げた。2枚のシングル、1枚のアルバム。そして年をまたいでいるとはいえ2本のツアー、さらに「SOUL POWER SUMMIT」を筆頭とした幾多のイベントへの出演と、まさに歌い続けた、歌いまくったと言っていいゴスペラーズの2011年。彼らだけにあらず、アーティストやリスナーが、音楽に対して新たな向き合い方を思慮する事となった2011年であったが、その年に、これだけ歌っていたという事実は、彼らにとって、ひとつの大切な経験となっていくのではあるまいか。  まだまだ旅は続く。進行中の「ゴスペラーズ坂ツアー2011~2012"ハモリズム"」が、新しい年の扉を叩いている。

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